熊野古道「伊勢路」の波田須(はだす)から大泊(おおどまり)へは、大吹峠を越えるのが一般的である。だが、西国三十三所観音巡礼が盛んだった江戸時代には、比音(ひおん)山清水(せいすい)寺を経由するルートがよく利用され、石畳の道が今もつづく。熊野の人々にとって泊観音の信仰は厚く、寄進された石仏(観音・文殊菩薩・馬頭観音)が当時の面影をよく伝えている。 大蛇(おおじゃ)峰を下山して、大泊から観音道で波田須へ越えようと正午に登り始める。前はこの区間を大吹峠で越えた。登り口に古い道標(観音様へ十丁)があって、石仏が祀られている。樹林の中を折り返しながら登ると、馬頭観音(御堂)の先に清水寺跡が現れた。 説明板によれば、大同4(809)年に坂上田村麻呂によって建立されたらしい(『泊観音縁起』)。本尊の千手観音像は山麓の清泰(せいたい)寺に移設され、石窟の手前に安置された地蔵石仏は、慶安3(1650)年に代官=松田武大夫が寄進したものとされる。 寺院跡から峠までトラバースすると、「大観猪垣道」の標識があるので尾根の先まで見に行った。以前に出合った羽後峠のものと同様の造作である。戻って波田須側は谷を下るが、斜面の木々があちこち風でなぎ倒されていた。 ルートは不明瞭だが、それらしいところを選んで行くと、本流に架かる木橋が目に入った。谷筋もそこそこ荒れているが、なんとか道路まで降りることができた。現状では「大観猪垣道」で大吹峠へ行く方が賢明であろう。静かな西波田須の集落を通過して、「波田須」駅まで1時間20分ほどの行程だった(2024.1.30)。 |