與喜天満神社の磐座を先日訪ねたが、勘違いをして三ノ磐座は未見のまま終わった(No.1103「與喜天満神社の磐座」)。ぜひ確認したいと、つづけて出かけることにする。せっかくなので、伊勢本街道(旧初瀬街道)と修行・信仰の場も一緒に訪れようと「長谷寺」駅を出発した。 長谷寺の門前町を天神山に向かい、まず下化粧(しもけはい・しもけわい)坂で愛宕神社に参拝する。旧街道を与喜浦の集落に入ると、古い道標や庚申塔・石仏が並んでいた。天満宮の前を東に進み、いったん国道へ出る。口ノ倉トンネルへ向かう道路の分岐に、「多羅尾瀧」を示す道標があった(浄水場敷地内)。 トンネルの方向に進み、フェンスを抜けて多羅尾滝・不動堂の前に立つ。水はほとんど落ちていなかった。上部から道路を戻って、天神山中腹につながる道で与喜山暖帯林の天然記念物エリアへ向かう。天神山山頂の一つ南側のピークに達し、西へ張り出す支尾根を慎重に降る。 ところどころに露岩があるため、見える範囲の左右を確かめる。まもなく四ノ磐座という地点で特徴的な立石が現れた。上下に露岩が並び、下方に四ノ磐座の鳥居が見える。すぐ右側(北側)の斜面が崩れて倒木が発生し、まさかここではないだろうと迂回して見上げた。藤本浩一氏の『磐座紀行』で見た写真とは異なる光景である。わからないので、仕方なく「覗(のぞき)」(北ノ覗)に行って休憩した。 昼食後は、周囲の岩場をチェックしながら周回する。しかし、なかなか到達できない。立石を起点に再度確認しようと南斜面を登った。今度は北側に降りて、注視すると下部に小さな狛犬があるではないか。四ノ磐座の鳥居から、標高差わずか20mの地点に三ノ磐座はあった。判明すれば何のことはない。倒木が邪魔をしていただけである。 宿題が終わったので、「箱庭」から二ノ磐座と與喜天満神社の本殿前を通って門前町に下山する。鳥居の傍では、紅梅が春の訪れを先駆けるように咲き誇っていた。時間があるので、これまで省いていた小祠や石のほか、道標・標石にも立ち寄る。最後は長谷山口坐神社(はせやまぐちにいますじんじゃ=式内社)に参拝した。地元では「テヂカラさん」(手力雄神)として親しまれる神である。入口に「元伊勢/磯城伊豆加志本宮伝承地域」碑が立つ(2026.2.4)。 |