以前に美濃戸山荘で泊まった際、「梅雨の時期に貴重な花が咲く」と教えてもらった南沢と横岳を訪れる機会ができた。 美濃戸口から柳川・南沢を遡って行者小屋で一泊。翌日は地蔵尾根を登って地蔵ノ頭から横岳・硫黄岳を経て峰ノ松目に登頂。オーレン小屋に下って夏沢峠へ登り返し本沢温泉へ。三日目に稲子登山口へ下山したのち、佐久甲州街道(佐久往還)の海尻(うみじり)まで歩く計画にした。初夏の花々に加え、未登のピークと標高の高い野天風呂を一緒に楽しむ予定である。 柳川の北沢コースと南沢コースの分岐から30分以内の登山道でホテイランが多く見られる。ロープで囲われたエリアにはタグが付けられ、保護活動の様子がよく伝わってくる。残念ながら花の最盛期は過ぎたようで、形状をとどめる株が散見できたに過ぎない。アカショウビンの鳴き声が響く上流になると、大同心・小同心の岩場と稜線が望めるようになった。 地蔵尾根に取り付いて高度を上げると眺めがよくなり、背後には残雪の北アルプスの峰々が朝日を受けて輝いている。稜線に達すると佐久側は一面の雲海で、奥秩父の山々がシルエットで浮かんでいた。赤岳の左手には遠く富士山も見える。 横岳一帯は幾つものピークが連なり、登り降りを繰り返す。この時期の花を確認するため岩場はゆっくり歩く。日当たりのよい場所では夏の花が目立つものの、日陰になる西面や風衝地でツクモグサの姿があった。日ノ岳から三叉峰の区間が条件的によかったのか、美しい花を見ることができた。オヤマノエンドウやナズナの仲間(アブラナ科)も多い。 硫黄岳に近づくとキバナシャクナゲに彩られる。山頂からは蓼科山が大きく近い。赤岩ノ頭に向かうと樹木の緑に包まれ、峰ノ松目(みねのまつめ)はシャクナゲに囲まれて三角点があった。夏沢側の樹林帯はコミヤマカタバミとシロバナヘビイチゴに埋め尽くされる。この時期らしい光景に心安らぐ。 夏沢峠で硫黄岳の爆裂火口を仰ぎ、斜面をトラバースしながら降る。いったん尾根に出て谷の方へ寄っていくと、硫黄の匂いが漂ってきて野天風呂が眼下に見えた。先に本沢温泉へ行って荷物を置き、谷間に造られた風呂へ戻る。 泉質によるものだろう、ヒリヒリと熱いので浴槽に長く浸かることができない。谷の水流と周囲の緑を見渡しながら、温泉を話題に先客とひとときを過ごす。温泉の建物のもっとも下にある浴槽は赤く濁った湯が流れ込み、異なる泉質に入れるのが嬉しい。窓際の餌台に何羽ものウソが集まっていた。 湯川の左岸につづくコースは、本沢温泉入口まで樹林帯のプロムナードだ。荷物の輸送を担うだけに、緩い勾配で造られている。林道のゲートを越えて、駐車場の入口からなおも降ると稲子登山口に出た。下部はカラマツ林になる。集落の上部からは、御座(おぐら)山をはじめ天狗山や男山の山稜が見える。大月川を渡れば畑地が広がり、振り返ると硫黄岳を中心とした山々と「北八ツ」のたおやかなスカイラインを望むことができた。 仁王像が立つ医王院と海尻の諏訪神社(郷社)に寄って、佐久甲州街道(佐久往還)の宿場の風情を味わう(2025.6.17〜6.19)。 |