蝙蝠(こうもり)岳は、南アルプス中部に位置する塩見岳の南東側にある。訪れるのがなかなか困難な一峰で、体力のあるうちに出かけようと思っていた。ただ、山麓の二軒小屋ロッヂが今年も営業しておらず、行動には宿泊・炊飯の道具を持参する必要がある。そのため、蝙蝠尾根のトレースにこだわると時間とともに難しくなるので、ピークの登頂を優先してコースを考えることにした。 1日目(8.19)は鳥倉(とりくら)登山口から三伏(さんぷく)峠に入り、2日目(8.20)に塩見岳を越えて北俣岳から蝙蝠岳を往復。塩見小屋に泊まって、3日目(8.21)は往路を下山する計画にする。時間があるので、烏帽子岳にも立ち寄るつもりだ。 お盆明けの静かな時期を選んで段取りしたが、湿った空気の影響で不安定な気象状況がつづく。山行中は毎日夕立に見舞われ、1日目の夜から翌朝にかけては断続的に雨が降った。2日目は霧雨の一日になり、期待した眺望はお預けになる。3日目の朝は青空が戻り、湧き上がる雲に隠れる時間があったものの、午前中は美しい景観を堪能した。 塩見岳は、大鹿(おおしか)村の塩川や鹿塩など塩の産地に由来するとする説や太平洋が見える(潮見)とされ、暮らしに大切な塩が要素となっている。建御名方命(たけみなかたのみこと)や弘法大師の塩泉伝説が残る。以前は、塩川土場(しおかわどば)から日本で最も高い峠とされる三伏峠に登ったが、鳥倉林道ができて標高1,800m近くまで車でアプローチできるようになった。周囲はカラマツの植林で、林床にマルバダケブキの黄色い花が目立つ。豊口山の尾根に出ると宮内省の境界標石が立っていた。尾根の北側斜面をトラバースしながら高度を上げて峠へ向かう。 三伏山と本谷山(三等三角点、点名=黒川)の樹林帯を抜けると、ガスに覆われた塩見小屋が現れた。ハイマツ帯を進んで天狗岩の南斜面をトラバースする。目の前は西峰の鎖場だが、ほとんど見通しがきかない。最高地点の東峰から細い稜線を慎重に降り、北俣岳の分岐から大井川上流の東俣・西俣を分ける蝙蝠尾根へ方向を変える。2,920mの最高点を過ぎると広くてなだらかな稜線に変わり、どんどん行動がはかどる。2,758m標高点の先は二重山稜になって、ナナカマドやダケカンバが茂っていた。最低鞍部から登り始めると、幾つもある隠れピークの先に蝙蝠岳の頂上があった。 白峰南嶺から望めば、羽を広げたコウモリの姿に似ているのが山名の由来だとされる。かつて山頂近くまで伐採され、東俣から作業用の道が張り巡らされていたらしい。したがって、標高2,600m前後までほとんど二次林である。ガスで方向に注意しなければならないものの、往路とほぼ同じ時間で北俣岳へ戻る。塩見岳に登り返し、慎重に岩場を降ると一瞬だがピークが姿を現した。ジャンダルム(天狗岩)のトラバースで4羽のライチョウと出会う。 塩見小屋で日の出を迎え、権右衛門山の南面をトラバースする。この付近はあちこちトレースしたことがあり、本谷山〜黒河山や二児山など前衛の山を含め三峰(みぶ)川流域の風光が懐かしく思い出される。最後に三伏峠のお花畑から烏帽子岳へ登って、360度のパノラマを楽しんだ。先月に登った悪沢岳が近い(2024.8.19〜8.21)。 |