熊野古道紀伊路の和歌山から海南の間で、平尾から一ノ鳥居跡が未踏の区間であった。矢田峠や藤白坂はすでに歩いている。和歌山市まで来ているので、平緒王子跡から菩提房(ぼだいぼう)王子跡までをつなごうと、「伊太祈曽(いだきそ)」駅から出発した。 まず、紀伊国一の宮である伊太祁曽(いたきそ)神社に寄る。静まり返った境内は清々しく古墳もあった。そのあと矢田峠の南麓にある平尾まで戻り、平緒王子跡から南下する。口須佐・奥須佐の集落を旧道で進むと、民家の裏に奈久智(なくち)王子跡があった。 次の集落で武内神社に立ち寄り、伝説上の人物=武内宿禰(たけのうちのすくね)産湯の井戸を見る。説明によれば、幾代にもわたって天皇に仕えたという長寿にあやかり、江戸時代の藩主に子供が誕生するとこの井戸水を使う習わしがあったという。徳本上人の名号碑を確認して、薬勝寺にある八王子神社と薬王寺にも寄った。近くには、『紀伊風土記』比定の奈久智王子跡がある。 多田に入ると古い集落らしい風景がつづき、四つ石地蔵を確認する。三上(みかみの)院千光寺の礎石を利用したものという。且来(あっそ)から松坂王子跡を経て蜘蛛池の堰堤まで登ると、北側にかつての石畳が復元されていた。道路の整備に伴って移動したものらしい。 海が見えるという汐見峠から坂を降れば井田の集落に入る。少し東に春日神社があるので周回した。三波(さんば)川変成岩(結晶片岩)でできたツブラジイの森がなかなか好ましい。松代(まつしろ)王子社は北面にあったが、松代王子跡は城跡がある丘の上だった。 日方(ひかた)川を渡ると住宅地の一角に菩提房王子跡があり、熊野古道は海側へ方向を変える。如来寺の近くに一ノ鳥居跡があり、以前歩いた旧道と合流した。古い町並みを「海南」駅に出て今回は終える(2023.3.29)。 |