この山行(弥山〜釈迦ヶ岳)のもう一つの目的は、前鬼(ぜんき)の小仲(おなか)坊に泊まることと前鬼裏行場を訪ねることだった。 宿坊で一泊した翌朝。早くに出発する同宿者を見送ったあと、ミツマタの新芽に囲まれる山腹の道を閼伽坂(あかさか)峠めざして進む。前鬼川本流と黒谷を分ける尾根に地蔵祠が祀ってあった。シャクナゲの花が咲く斜面を標高差200メートルほど降ると、「前鬼ブルー」と呼ばれる美しい川の流れが現れる。垢離取場(こりとりば)と称し、行者はここで水垢離をしてから三重(みかさねの)滝に向かう。小さな落差から大きなプールに水が流れ込み、下流は千丈ヶ淵に流れ落ちる。沢好きの者にとって、この環境と景観は気持ちを高める。 岩に穿たれたアンカーを登り、やや不明瞭な道を登り気味に進む。古くは下流にも勝地が点在していた。ガレ谷をトラバースして急坂になると、その先は連続する梯子を降って千手ノ滝(約50m)の下流に着く。右岸に千手ノ窟があり、すぐ下は不動滝(約60m)の落口だ。 左岸の道を少し登ると両界窟のある岩場で、滝の中間テラスにあたる。水を取るための長い柄のついた杓が置いてあった。滝に近い方は胎蔵界ノ窟、東側が金剛界ノ窟である。岩壁のバンド=屏風ノ横駈(びょうぶのよこがけ)を右手に進むと、天ノ二十八宿の下に着く。弘化三(1846)年の銘板がついた鎖を頼って登りきり、馬頭(まとう)ノ滝(約45m)に向けてやや下り気味に谷へ戻る。奥の方を見上げると、空から降ってくるように水飛沫が舞っていた。 右岸に渡り、小さな尾根の鞍部を越えて往路の道に出る。垢離取場で再び徒渉し、山道を登り返すと法螺貝の音が聞こえてきた。読経中の先達と行者さんの一行に閼伽坂峠で出会う。 小仲坊で休憩してから前鬼林道を降る。道路際ではテンナンショウの仲間が仏炎苞を伸ばしていた。時間があるので、不動七重(ふどうななえの)滝(落差100m以上)の展望台まで往復する。ガイドに伴われたパーティが訪れていた。前鬼川は「一に池郷、二に前鬼、三に白川又(しらこまた)、四は四の川(ごう)」と詠われた北山川水系の名川である。川筋の美しさは今も変わらず、規模が大きい大峰山脈や台高山脈の谷の良さをあらためて感じた(2022.5.5)。 |