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日曜日にトレッキングの講座で湯浅へ行き、火曜日は和歌山へ出かけることになっている。天気もよさそうなので、あいだの一日を熊野古道の未踏区間にあてようと地図を眺めていた。中辺路のハイライトは山深い東の方なので省き、海に近い田辺を中心に考える。芳養(はや)までは既に歩いているので、今回は潮見峠から田辺市内を選んだ。江戸時代の西国三十三所観音巡礼者が歩いたルートでもある。 鍛冶屋川口でバスを降り、小皆への道を進む。山腹にある十九川(つづらかわ)では早くから犬に吠えられた。西谷小皆林道が大きく迂回する区間は旧道を歩く。周囲が開けてくると潮見峠で、休憩所が建っている。東西ともに遠くの山々が波打ち、田辺の海が汀線を描いていた。 ここから林道を離れて槇山の山腹を巻く。一願地蔵(中ノ峠)や谷に懸かる滝を見ながら進むと、スギの巨木が立つ捩(捻)木(ねじき)峠に出た。石畳の向こうの海がいっそう近い。茶屋跡のある水呑峠と関所跡を確認してどんどん下る。車道に出たり旧道へ入ったりしながら伝馬所跡の碑が立つ上三栖(みす)に降り立った。 珠簾(みす)神社からは、左会津川の川筋を主に右岸で歩く。途中の三栖廃寺塔跡・僧坊跡に立ち寄り、熊野橋が架かる万呂(まろ)王子で左岸へ。南方曼荼羅の風景地である須佐神社と闘鷄(とうけい)神社、世界的な博物学者=南方熊楠(みなかたくまぐす)の墓がある高山(こうざん)寺などを回ってから宿へ戻った。「紀伊田辺」駅に近い三栖口には、熊野と紀三井寺を示す2mを超える道標が残る。庶民の往来が盛んだった時代を今に伝える貴重な標石だ。近くにはクスノキの巨樹が立つ蟻通(ありとおし)神社があった。この日の歩行距離は約25キロ(2021.3.22)。 |
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左=三栖廃寺塔跡 右=高山寺 |
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左=北新町(三栖口)に立つ道標 右=南方熊楠邸(南方熊楠顕彰館) |
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