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熊野本宮大社に参拝したあと、大日越で湯峯温泉の宿をめざす。名称は月見ヶ丘神社にある大日堂が由来であろう。背後の山を大日山という。この道は中辺路の一部だが、赤木越と一体になった西国三十三所観音巡礼道でもある。とくに、江戸時代の東国からの巡礼者がよく利用し、青岸渡寺(一番)から熊野本宮大社を経て紀三井寺(二番)へ向かう主要ルートであった。 熊野川縁から250mほど登る道は、果無越をたどってきた者にはなかなか厳しい。尾根へ出ると、夕日に照らされてシダ類の緑が輝いていた。湯峯王子社から「つぼ湯」の側へ降りる。近くの崖にユノミネシダの自生地(北限)があるものの、古道沿いでは確認できなかった。 翌日は赤木越で小広(こびろ)峠までを予定している。ただ、災害による迂回路をあちこちで歩かざるを得ず、時間に応じてコースを検討するつもりだ。ただ、発心門(ほっしんもん)王子から本宮大社へのバスは運休しているので、三越(みこし)峠より西に行かないと交通手段がない。 宿を出て、磨崖名号碑(伝一遍上人名号碑)の横から建物の裏手を登る。まもなく石畳になり、標高280mで指差し矢印の道標と出合う。西から歩いてきた旅人にとって、この標石はユーモラスに安心と安堵を与えたことだろう。1970年代まであったという柿原茶屋の裏手には電気洗濯機が残っていた。追分で旧赤木越の道を左に分けるが、斜面が崩落しているため長らく通行止がつづいている。仕方なく、船玉神社まで降って音無川に沿って峠へ登り返す。途中にある道ノ川は1973(昭和48)年に集団移転で廃村となった。区画された石積みに、今は木々が大きく成長している。 三越峠は口熊野(西牟婁郡)と奥熊野(東牟婁郡)の境界にあたる。熊野詣の人々にとって、本宮大社がいよいよ近づいたことを実感したに違いない。峠の休憩所で昼食の時間をとり、湯川王子から蛇形(じゃがた)地蔵と岩上峠を越えて道湯川橋へ出た。あと30分時間があれば小広王子口まで行けたものの、この先は次回に残しておこう(2021.2.20〜2.21)。 |
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山麓で見られたバイカオウレン |
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