岐阜市の長良川左岸に位置する金華山。戦国期の斎藤道三が山中に岐阜城を築いた。織田信長が天下統一のきっかけをつくった山城である。周囲は険しい岩場や斜面に囲まれている。もとは稲葉山(いなばやま)城と称したが、井之口(いのくち)という地名も岐阜に改めている(諸説あり)。 山頂に建つ模擬天守一帯が、工事中のためコースを工夫した。西麓の岐阜公園から「水手(みずて)道」で登り、「鼻高ハイキングコース」と「大参道ハイキングコース」で途中まで下山。登り返した妙見峠から、「東坂ハイキングコース」で再び山頂をめざす。天守に達したのち、「七曲り登山道」で妙照寺前まで降りる予定だ。右回りでほぼ一周するため、360度の景観を見ることができるはずである。 公園から山へ一歩足を踏み入れると、自然林が広がって良好な環境を感じる。カナメモチの赤い実が目につく。旧伊奈波(いなば)神社伝承地とされる丸山には、烏帽子岩と丸山神社社殿の跡があった。 北側の山々と長良川を見下ろしながら東へ進むと、リスの鳴き声が頻繁に聞こえる。初めは小鳥の声かと思ったものの、警戒の声も響いてくる。在来種か外来種かわからないが、けっこう住み着いているらしい。上部の岩場では、ヒトツバが表面を覆って見応えがある。 山頂はすぐそこだが、立入禁止なので東側の尾根を降って211m標高点へ。今度は東側が開けてくる。傾斜の緩い「大参道ハイキングコース」で「達目(だちぼく)ハイキングコース」の接続点にトラバースし、岩戸へ越える妙見峠まで登って昼食にした。ツブラジイ・ヤシャブシなどが目立つ。 「東坂ハイキングコース」は上部が岩尾根で険しく、遮るものがないので東面は大きく広がる。なかでも、恵那山や美濃三河高原の場景が開放的だ。シャシャンボやモチツツジが多い。「七曲り登山道」に合流すると人の姿が多くなり、題目塚などを見ながら天守に向かう。南東側の道の下に積まれた石垣は織田信長時代のものという。 まず、天守最上層の回廊で四周の眺望を楽しむ。北東方向には笠ヶ岳から槍・穂高連峰と乗鞍岳の諸峰が並び、東は中央アルプスの主稜と南アルプスの巨峰が前の山なみから頭を突き出していた。名古屋の高層ビルの右手には、木曽川・長良川の下流方向に養老山地が長々と横たわる。西側は雲に覆われ、鈴鹿から江濃国境は見えなくなった。北側に並ぶ奥美濃の山々は同定できるので、足繁く通っていた頃の記憶を呼び起こす。残念ながら加賀白山の姿はなかった。 三角点には近づけないものの、近くの岩を刳り貫いた井戸(貯水槽)を確認する。ロープウェーの駅舎を右に見て、展望台で最後の眺望タイムをとり、階段のつづく大手道を降った。史跡に指定された国有林なので、よい雰囲気の樹林が広がって道も歩きやすい。岐阜県歴史資料館の前を通って妙照寺へ出る。 時間に余裕があるので、少し南側にある伊奈波(いなば)神社へ寄った。美濃国三ノ宮で、開拓神である五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)を祀る。参拝を終え、将軍家に献上する鮎鮨を運んだ「御鮨街道」で市街中心部へ出た(2026.1.9)。 |